【追悼】さようならは、ありがとう【三浦春馬くん】

2020年7月18日が忘れられない日になりました。

生前、特別ファンで居たわけではないのに、ずっと心がざわついていて、ふと考えては悲しい気持ちになる。

まだ旅立ちから日が浅くて、元気が出ませんが、少しずつ前を向くために考えていることを書きました。

タイトルは松浦弥太郎さんの『泣きたくなったあなたへ』より。

 

 

2020年7月18日

 

まずは、インスタグラムで素敵な投稿を見つけたのでシェアしますね。

きなこすさま

 

私は14歳の母で三浦春馬という俳優に出会い、恋空なんかは本当に世代で、周りの友達はみんな三浦春馬が好きだった。もちろん私も。

 

その頃はまだ今ほどSNSが盛り上がってなくて、福岡の片田舎の女子高生だった私には追っかけする術などもなく、なんとなく好きな俳優の一人だった。

 

活動を追ったり応援の声をわざわざ上げるようなことはなく、けれどもウーノのCMなんかで見かけては癒されたりなんかして、私はそのまま大人になった。

 

三浦春馬は順風満帆な俳優人生を歩んでいると思っていたから。

 

あなたのファンです、応援しています、と伝えることなく、7月18日を迎える。

 

 

ずっと当たり前のように時々テレビやインターネット上に存在していた、幸せだったと思っていた彼自身は、どうやら見えないところでずっとずっと努力し、苦しみ、葛藤し、

そして誰にも心の内を見せずにいなくなってしまった。

 

だから、ものすごくショックだし後悔している。

ずっと彼を応援してきたファンの人たちには、このニワカがー!って思われるかもしれないけど、それでも私個人の心の痛みとして、後悔の念や寂しさがある。

訃報を聞いてから、ずっと心が重く、どうして?という気持ちが居座る。

 

居なくなってしまって初めて観た映像作品や楽曲がある。

周囲の人たちの追悼のメッセージで、彼の人となりを知る。

本当に素敵な、才能のある、惜しい一人の俳優が亡くなったのだと思う。

 

 

 

それでも、「これからも新しいファンが三浦春馬に出会う」

 

彼の出演した作品をインターネット上で観ては、笑い、うっとりし、そしてもう世界中のどこにも居ないのだ、と現実に戻っては悲しい気持ちになっている日々。

 

まだ完全に前を向いて、悲しみを乗り越えることは難しいですが、背中を押してくれる文章に出会いました。

以前からフォローしていたCDBさんの記事です。

 

 多くのファンが彼との別れを悲しんでいる。でも多分、もっと多くのまだ見ぬファンがこれから初めて三浦春馬に出会うのだ。2020年のネットフリックスで、旧作を上映する映画館で、21世紀生まれの少年少女がオードリー・ヘプバーンやリバー・フェニックスや、松田優作や夏目雅子に初めて出会い恋に落ちるように、今ここで彼の死を悲しみ、別れを惜しむファンの何倍もの新しいファンが、これからの未来の時間で再生される過去の作品の中で、初めて三浦春馬に出会うだろう。

 

 だから少しでも多くの人が、SNSやメディアや、あるいは日常の場所で、彼の死ではなく彼の生の記憶を語り続けてくれることを望む。未来のファンたちが道に迷わないように、彼が何者であり、何者でありたいと願ったのか、彼が生きた目印をできるだけ多く残してくれることを望む。30歳で死んだ俳優としてではなく、30歳まで生真面目に、そして懸命に生きた俳優として、三浦春馬を僕たちの社会が記憶するために。

https://bunshun.jp/articles/-/39154

 

私は亡くなってからファンになったようなもの。

彼が生きている間にもっとできたことがあるんじゃないか、あるだろう、と思う気持ちがまだ大きいです。

 

それでもこれから時間をかけて、彼の残した作品をフォローしていきたいなと思っています。

 

村上春樹さんの言葉に次のようなものがあります。出会ったのはかなり前ですが、大切な人が旅立つたびに、私を包んでくれる一言です。

 

死者は多くの場合、生きている人々のありかたを多かれ少なかれ決定的に変更させていきます。その変更をまっとうに黙って受けいれることが、死者を弔うもっとも正しい道だろうと思います。

村上春樹『「これだけは、村上さんに言っておこう」と世間の人々が村上春樹にとりあえずぶっつける330の質問に果たして村上さんはちゃんと答えられるのか?』

 

彼の居ない世界がこんなに寂しく切ないものだとは、夢にも思いませんでした。

夢であってほしいけれども、どうやら夢ではないらしい。

人に寄り添うこと、敬意を払うこと、努力すること、感謝すること。

彼の死に影響を受けることばかりだけれど、いつかは、彼の生にも影響を受けていきたい。

さようならは、ありがとう。

別れには悲しみがついてきますが、それは出会いへの感謝と、次なる出会いへの祝福。

もう一度、三浦春馬という俳優に出会わせてくれてありがとう。

そしてこれから、まだ知らない三浦春馬に出会っていく人生をくれて、ありがとう。

 

さようならは、ありがとうなのだと思っています。

 


 

ところで、MV見ました?

表現者 三浦春馬

美しすぎませんか。

この楽曲、映像を作り上げる裏に、とてつもない努力や苦しみがあり、文字通り身を削ったのだと思うと、いっそう美しい。

美しくてドキドキして、ループ再生に心臓が追いつきません。

二回に一回はキンキーブーツのローラを挟んでいます。(笑)

 

予約したCD、早く聴きたいな。

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