【三浦春馬くん】悲しみは悲しみとしてあっていい【ありがとう】

この記事を書いている今日、2020年9月4日は、急逝した三浦春馬くんの四十九日です。 7月18日に訃報が流れてから、様々な友人俳優や関係者の方が追悼のメッセージを出しています。 そして今日、所属事務所アミューズも公式なコメントを出しました。 思うところは沢山ありますが、ひとまず今日は、彼の旅立ちに思いを馳せます。 前を向くことについて 親交の深かった俳優さんたちの追悼コメント、悲しみの中にありながらも、前向きな気持ちの表現が多かったように思います。 芸能界という特殊な社会で、一般人の私には見えないような酸いも甘いも知っている仲間が、突然失われてしまった。 その喪失感はどんなに辛いものだろうと思います。 そのような耐え難い悲しみの中でさえも、明るいメッセージを紡ぐこと。頑張るよという言葉。 プロだなあと思いました。 https://www.instagram.com/p/CC_PwmilWI1/?igshid=13e1adli4wnxr 城田優くんのInstagram https://www.instagram.com/p/CDDcafvDfeO/?igshid=1gxqtk71ddl9f 三浦翔平くんのInstagram 悲しみは悲しみとしてあっていい 春馬くんと同じ事務所の、神木隆之介くん。 彼のメッセージは次のようなものでした。 https://twitter.com/kamiki_official/status/1293487709432946689?s=19 大切な人が永遠に失われる。 そんな異常な現実に対する、心の正しい反応だと思うんです。 気持ちの整理ができてなくっていい。 あなたの分まで、とか思えなくてもいい。 悲しみは悲しみとしてあっていいんだと思います。 悲しみという言葉では足りない、重く切ない、名前の付けようのない気持ちを抱えていてもいい。 10年前、私も大切な人を亡くしました。 彼女が亡くなって10年が経った今でも、亡くなってしまったことが悲しいし、あの笑顔にまた会いたいと思うんです。 もしも生きていたら、と考えます。 もしも…という願いほど切ないものはないですよね。 もしもを願わずにはいられないけれど、時間は元に戻らないし、夜が来てやがて朝になる。 悲しみは悲しみとして抱いたままで、今日を頑張ろう。 悲しみと共に少しずつ、新しい普段の生活に慣れていけばいい。 本当のことは彼しか知らない 本日、事務所が正式にコメントを出しましたね。 色々な意見があると思いますが、一旦は事務所のコメントをそのまま受け止めて、今は春馬くんの旅立ちに思いを馳せていたいです。 https://twitter.com/kagekineko/status/1290521528803536901?s=19 真相を知りたいという気持ちはすごくある。 でも焦らず、彼の死を悼み、彼に影響を受けて、少しずつ普段の生活を送ろう。 新しい生活を。 誰が撮った春馬くんも美しいんですが、レスリーキーさんの写真がすごく好きです。 https://www.instagram.com/p/CDIDVkFJg3R/?igshid=14rs567pv1d1j レスリーキーさんの公式YouTubeに上がってるビデオも最高なので是非。 https://youtu.be/QYtbrVaiQm8 最初に出てくるよん 神様の美しい創造物だった、三浦春馬くん。 その美しさは見た目だけじゃなくて、たくさんの人を温めてくれたね。 9月4日、東京の空は晴れていたのかな。 天国に昇って、どうか心から笑っていて。 もっと伝えたかったこと、やりたかったことがあるだろうけど、心配はしないでいて。 あたたかい場所で、愛に包まれていてね。

【三浦春馬くん】仕事に「はたらき」を見出すこと【ありがとう】

この世の終わりみたいな空。   三浦春馬という素晴らしい俳優がこの世界を去って1ヶ月。 生前にフォロー出来ていなかった映像作品や、数々のインタビューを追って、彼が私たちに残してくれたものを考えています。   「はたらき」という言葉 近年のインタビューや授賞式のスピーチで、「はたらき」という言葉を何度も彼が使っていることに気づきました。 https://youtu.be/1LLpTZoneTA ジュエリーベストドレッサー賞 https://youtu.be/wqcKL8i3obY 杉村春子賞。とっても嬉しそうで、私も嬉しい。 目の前の仕事に「はたらき」を見出す。 役者という役割を受けた自分が、演じること、表現することによって何ができるかを考える。 仕事とは自分を役立てることなんだ、と繰り返し語っておられる松浦弥太郎さん。その仕事観を想起させるような、光に満ちたスピーチでした。   三浦春馬君と同世代の筆者ですが、ここ数年は自らの仕事について、或は人生について同じような感覚を持っています。 自分を世の中で役立てられるような「はたらき」をしたい。 何をしたいかというよりも、どのように自分を使うか。 好きな仕事をするより、目の前の仕事を好きになろう。 常に自分を研鑽し、より良くはたらくために向上していこう。             「はたらき」を語ったその瞬間に何を思っていたのか、何を考えていたのか。 彼が鬼籍に入った今となっては、残されている映像や対談以上のことを確かめることは出来ない。 死者は何も語らない。生きているものが、そこに何かを読み取るだけ。   NHKの国際共同制作 特集ドラマ「太陽の子 GIFT OF FIRE」の試写会において、春馬君は次のように語りました。 僕たちの仕事は想像力を皆様に届ける仕事ですし、この作品を通してみなさんが戦争というものを考える大きなきっかけになればと思っています。石村裕之 役・三浦春馬さん コメント   春馬君、素晴らしいお芝居をありがとう。 あなたがいなくなってしまった世界ではあるけれど、三浦春馬という俳優の演技に感動し、衝撃を受け、温められて、今日をより良く生きていこうと思う。 仕事を通して、社会のために、人のために、自分を役立てていくこと。 春馬君が人生を通して教えてくれたことを心に留めて、仕事をして、人を大切にしていこうと思う。

【追悼】さようならは、ありがとう【三浦春馬くん】

2020年7月18日が忘れられない日になりました。 生前、特別ファンで居たわけではないのに、ずっと心がざわついていて、ふと考えては悲しい気持ちになる。 まだ旅立ちから日が浅くて、元気が出ませんが、少しずつ前を向くために考えていることを書きました。 タイトルは松浦弥太郎さんの『泣きたくなったあなたへ』より。     2020年7月18日   まずは、インスタグラムで素敵な投稿を見つけたのでシェアしますね。 https://www.instagram.com/p/CDGfGYbFKRZ/?utm_source=ig_web_copy_link きなこすさま   私は14歳の母で三浦春馬という俳優に出会い、恋空なんかは本当に世代で、周りの友達はみんな三浦春馬が好きだった。もちろん私も。   その頃はまだ今ほどSNSが盛り上がってなくて、福岡の片田舎の女子高生だった私には追っかけする術などもなく、なんとなく好きな俳優の一人だった。   活動を追ったり応援の声をわざわざ上げるようなことはなく、けれどもウーノのCMなんかで見かけては癒されたりなんかして、私はそのまま大人になった。   三浦春馬は順風満帆な俳優人生を歩んでいると思っていたから。   あなたのファンです、応援しています、と伝えることなく、7月18日を迎える。     ずっと当たり前のように時々テレビやインターネット上に存在していた、幸せだったと思っていた彼自身は、どうやら見えないところでずっとずっと努力し、苦しみ、葛藤し、 そして誰にも心の内を見せずにいなくなってしまった。   だから、ものすごくショックだし後悔している。 ずっと彼を応援してきたファンの人たちには、このニワカがー!って思われるかもしれないけど、それでも私個人の心の痛みとして、後悔の念や寂しさがある。 訃報を聞いてから、ずっと心が重く、どうして?という気持ちが居座る。   居なくなってしまって初めて観た映像作品や楽曲がある。 周囲の人たちの追悼のメッセージで、彼の人となりを知る。 本当に素敵な、才能のある、惜しい一人の俳優が亡くなったのだと思う。       それでも、「これからも新しいファンが三浦春馬に出会う」   彼の出演した作品をインターネット上で観ては、笑い、うっとりし、そしてもう世界中のどこにも居ないのだ、と現実に戻っては悲しい気持ちになっている日々。   まだ完全に前を向いて、悲しみを乗り越えることは難しいですが、背中を押してくれる文章に出会いました。 以前からフォローしていたCDBさんの記事です。    多くのファンが彼との別れを悲しんでいる。でも多分、もっと多くのまだ見ぬファンがこれから初めて三浦春馬に出会うのだ。2020年のネットフリックスで、旧作を上映する映画館で、21世紀生まれの少年少女がオードリー・ヘプバーンやリバー・フェニックスや、松田優作や夏目雅子に初めて出会い恋に落ちるように、今ここで彼の死を悲しみ、別れを惜しむファンの何倍もの新しいファンが、これからの未来の時間で再生される過去の作品の中で、初めて三浦春馬に出会うだろう。  だから少しでも多くの人が、SNSやメディアや、あるいは日常の場所で、彼の死ではなく彼の生の記憶を語り続けてくれることを望む。未来のファンたちが道に迷わないように、彼が何者であり、何者でありたいと願ったのか、彼が生きた目印をできるだけ多く残してくれることを望む。30歳で死んだ俳優としてではなく、30歳まで生真面目に、そして懸命に生きた俳優として、三浦春馬を僕たちの社会が記憶するために。https://bunshun.jp/articles/-/39154   私は亡くなってからファンになったようなもの。 彼が生きている間にもっとできたことがあるんじゃないか、あるだろう、と思う気持ちがまだ大きいです。   それでもこれから時間をかけて、彼の残した作品をフォローしていきたいなと思っています。   村上春樹さんの言葉に次のようなものがあります。出会ったのはかなり前ですが、大切な人が旅立つたびに、私を包んでくれる一言です。   死者は多くの場合、生きている人々のありかたを多かれ少なかれ決定的に変更させていきます。その変更をまっとうに黙って受けいれることが、死者を弔うもっとも正しい道だろうと思います。村上春樹『「これだけは、村上さんに言っておこう」と世間の人々が村上春樹にとりあえずぶっつける330の質問に果たして村上さんはちゃんと答えられるのか?』   彼の居ない世界がこんなに寂しく切ないものだとは、夢にも思いませんでした。 … Continue reading 【追悼】さようならは、ありがとう【三浦春馬くん】